いるかホテル

小説、映画、ノベルゲームが好きです

アスカやサリンジャーについての話

ずっとアスカのことを考えている。

前回の記事で書いたのは一般的に通用するだろうというシンエヴァ評で、個人的に突き刺さった部分は結局アスカの描写に集約される。

それについてはなんとか文字にして「アスカについての個人的な話」とかタイトルつけて残そうかと思っていたのだけど、どう書いてもあまりにもあまりにもなのでさすがにやめた。まあ、いつも失ってから気づくみたいな話。

 

 

一週間前にシンエヴァ観て以降オタクコンテンツについてはいっさい触れていない。でも本は読みたいのでサリンジャーやらカフカやらサマセット・モームをせっせと読んでいる。

サリンジャーの『フラニーとズーイ』が未読だったので読んだら予想をはるかに超えて素晴らしかった。というのも、『キャッチャー・イン・ザ・ライ』とか『ナイン・ストーリーズ』は実はそこまでハマりきれなくて、『フラニー』の期待値もそんなに高くなかったのだ。

けれどもこれは別格だった。なんというか、自分自身の欲求——より正確に言えば、こんな欲求を持ちたいとかあんな欲求は持ちたくないという二階の欲求に対して、どういうふうに接し、歩み寄るかといった話だ。そもそも『キャッチャー』だって、社会に対する若者の反抗小説といったクソみたいなレッテルを剥がしてもっと繊細に読まれるべきなんだろう。そもそもホールデン、反抗なんかしてるか?

(オタク話に戻すと、だから帆高が『キャッチャー』を抱えてフェリーに乗っていることに「うんうん」とか安易に納得してしまってはダメなのだ。新海は良くも悪くもそういう作家でもう仕方ないけど、天地がひっくり返っても庵野はシンジにカフカとか持たせたりしないことだけは確かだ。)

というわけでグラス家が心に巣くっている。佐藤友哉の鏡家再読もそろそろかもしれない。

 

 

好き嫌いといった嗜好の問題ではもはやないにしても、エヴァを超える作品やアスカを超えるキャラには今後もう出会わないであろうことは、さっぱりとした気持ちにさえさせられる。

そんな感じで、ずっとアスカのことを考えている。